イマヲイキル
奈良県・吉野
割り箸職人

竹内 善博

「食卓に座る誰かを思う。」

まだ夜も明けきらぬ頃。山間の工場からは、鋸(のこ)の音が響き出す。いつも生活のそばにあった音。うとましく耳障りなその響きを、どうしても好きになれなかった。
生まれ育った吉野は、割り箸の産地として知られている。先人たちの手で大切に守り育まれてきた吉野杉。それらを建築材として切り出したあとの端材が、割り箸の原料となる。

まさか家業を継ぐことになるとは夢にも思わなかった。憧れていた大阪で働き始めるが、そこには思い描いた生活はなかった。24歳になったある日、ふと思う。「自分の生きる場所はどこだろう」。心に浮かんできたのは、鋸が響くあの場所だった。
それから30年あまり。「吉野だからこそ、できる仕事がある」。そう信じて、一途に走り続けてきた。まっすぐ通った美しい木目に、ふわりと漂う杉の香り。吉野の割り箸は、やっぱり特別だ。

できあがった箸の束をきゅっと紐で結わえる。
いちばん好きな瞬間だ。食卓に山の恵みを届ける、この仕事を誇りに思う。その傍らには今日も、いつもの音が鳴り響いている。

2012.11.2 取材
文_渡會 奈央 / 写真_ミゾグチ ジュン

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