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イマヲイキル
奈良県・吉野
和紙職人
植 貞男
「自分にいちばん似合う仕事。毎日一途にたゆみなく。」
吉野町国栖(くず)。この地は、「紙漉(す)きの里」と呼ばれる。
和紙職人となって、もうすぐ半世紀が経とうとしている。もともと、そういった家系に生まれたわけではなかった。不思議な物語のはじまりは、中学3年生の頃にさかのぼる。
それは、いつかの社会の授業。地域に根づく紙漉きの伝統が、日々失われつつあることを知る。いつもより熱っぽく語る先生の声は、ずっと心に残っていた。
それから10年。大阪で会社員として働くもとに、故郷より報せが届く。「紙漉き屋の娘さんと見合いしてみいひんか」。ひょんなご縁が、一生の仕事をたぐりよせた。
原料となる楮(こうぞ)から、一枚の和紙ができるまで。楮蒸し、手漉き、乾燥、選別…。そこには、さまざまな工程を伴う。ひたむきに手を動かし、繰り返し体に染み込ませてきた。
一人前の仕事をするには、家族の力が欠かせない。「お前と別れることがあっても、紙漉きは絶対やめへん」。冗談めかして妻に言った。そう語るまなざしは、和紙の手ざわりのようにやわらかく温かい。
2012.11.2 取材
文_渡會 奈央 / 写真_ミゾグチ ジュン