
構成・写真:ABARERU.jp
5.日本の食文化とともに
吉野杉をめぐる物語は、私たち日本人の食文化との関わりへとつながっていきます。
樽丸が活躍した酒造り、そして醤油・味噌の醸造。これらは日本の食文化の基本にあるものといえるでしょう。稲作の発展にともなって進化を遂げていった日本酒、4〜5世紀頃に仏教の伝来とともに伝えられた醤*9(ひしお)にはじまる醤油そして味噌は、多彩な日本の食文化に影響を与えてきました。それは現在にも伝承されてきた日本の味の原点です。
日本の食文化は麹(こうじ)抜きには語れません。では麹菌による醸造文化はどうやって培われたのでしょう。
吉野杉は樽丸で知られます。前項でも述べましたが樽丸は江戸時代、酒の発展・流通に貢献してきました。酒造りで役目を終えた桶や樽は、その後醤油や味噌の醸造に再利用されたそうです。
酒造りや醤油・味噌造りは麹菌の機嫌や、気温・湿度などによって管理が大変なもの。昔から職人の勘どころや知識が不可欠でした。麹菌、木桶、木樽、それら はすべて自然の産物と人間が対話しながらつき合ってきたものです。コンピューターや現代の樽・桶は画一的でまちがいのないものを造るのに役立ちますが、一 樽ひと樽の個性は紡ぎ出せません。それは自然の成せる技なのです。
吉野の醸造元「美吉野醸造」(みよしのじょうぞう)では吉野杉の木桶仕込みの酒を造っています。昔ながらの味わいに現代テイストを加味した酒として、評判を得ています。また吉野離宮(よしのりきゅう)があったといわれる宮滝(みやたき)の「梅谷(うめたに)醸造元」では、創業時にしつらえた吉野杉の桶で120年余りもの間、味噌・醤油を造り続けています。こうして技術と心を繋いでいくことが、日本の食文化を守ることになるのではないでしょうか。
味に加えてもうひとつ。箸も日本の食文化を象徴するものです。ほかの国にも箸は存在しますが、日本の箸文化とは異なります。日本の箸は、もともと稲穂の国 である日本の神と人間を繋ぐかけはしでもあったようです。箸には伝説や伝承も数多く、箸は神様とも食生活とも切り離せない、大切なものでした。
「利久(りきゅう)箸」と呼ばれる両箸を削った箸は用と美を兼ね備えたものですが、茶人・千利休*10(せんのりきゅう)が 考案したものといわれています。無駄のない端正な美を追求した千利休は、箸本来の姿を杉という素材に見たのかもしれませんね。また用としての箸も役割に よって材質や形が違います。箸は日本人の細やかな美意識に基づいて作り分けられているのです。吉野で作る箸もまた、種類といい形状といい、日常や祝い事な ど様々な用途に合わせて丹念に作られています。
ここにも吉野らしい情景が息づいています。
*9
醤:
醗酵調味料または食品の一種。原料は植物系のものと肉・魚介類によるものがある。
*10
千利休:
侘び茶を大成させた茶人。