木の文化・吉野つれづれ – 7.家と箸 –

木の家に住む 手や足に触れる木肌の優しさ、ほのかな木の香りに包まれるー。その居心地の好さは木の家ならではのことでしょう。 日本古来の木造建築は、日本の気候風土をかんがみて造られてきました。湿気をコントロールし、冬には木の内部に取り込んだ暖かさで包み、底冷えしないとい う利点、シックハウス症候群の原因となるホルムアルデヒドを吸い取ったり、木の香りによる健康効果など、木の家の効用は数え上げればきり ... 続きを読む

木の国・吉野の物語 – 3.吉野杉の特徴 –

吉野地方の主な植林材は杉と桧です。ことに吉野杉は、秋田杉、木曽桧とともに日本三大美林と讃えられる美林で生まれます。 吉野杉は江戸時代以降、主として「樽丸」*4(たるまる)という樽や桶(おけ)造りの用材として使われてきました。江戸時代には灘五郷*5(なだごこう)などの清酒醸造業が盛んになって、樽丸の需要が高まったのです。樽丸は口縁(こうえん)と底の幅がほぼ同じ寸法でなくてはなりません。吉野材は芯が ... 続きを読む

木の国・吉野の物語 – 4.植林から木材利用まで –

吉野の財産である吉野杉は、時間をかけ丹精込めて育てられます。 吉野杉の種子は樹齢60〜70年の母樹(ぼじゅ)から採集するのですが、これは2~3年と樹齢の若い樹から採集する一般的な方法とは大きく違う点です。吉野杉ははじめから長いサイクルで考えられているのです。 吉野の木工の歴史を振り返れば、かなり昔にさかのぼります。平安時代中期の後一条帝(ごいちじょうてい)や白河上皇(しらかわじょうこう)の御代 ... 続きを読む

木の国・吉野の物語 – 2.木の国・吉野の森 –

山紫水明*2(さんしすいめい)の地・吉野は平安時代には広葉樹、杉、桧(ひのき)、樅(もみ)、栂(つが)などの天然木が自生する森が広がっていました。現在のような杉・桧の美林になったのは江戸時代のこと、造林や植林の歴史が始まったのは室町時代のことだったといわれています。享保(きょうほう)14年(1729年)に記された幕府の『諸州採薬記』(しょしゅうさいやくき)に、「川上筋の内この辺吉野杉名物にて山の上 ... 続きを読む

木の国・吉野の物語 – 吉野という地 –

吉野は奈良県南部の、吉野川流域を指します。いいかえれば吉野町(よしのちょう)、川上村(かわかみむら)、東吉野村(ひがしよしのむら)、黒滝村(くろたきむら)など吉野郡一帯のことです。 面積の大半を森林が占め、山深くに源をもつ清流が、森林や里を潤していきます。恵み多い森とともに、人々は古代から暮らしを営んできました。 吉野の歴史は古く、神話や伝説に吉野のことが描かれています。万葉集にも吉野を詠んだ ... 続きを読む

木の国・吉野の物語 – 5.日本の食文化とともに –

吉野杉をめぐる物語は、私たち日本人の食文化との関わりへとつながっていきます。 樽丸が活躍した酒造り、そして醤油・味噌の醸造。これらは日本の食文化の基本にあるものといえるでしょう。稲作の発展にともなって進化を遂げていった日本酒、4〜5世紀頃に仏教の伝来とともに伝えられた醤*9(ひしお)にはじまる醤油そして味噌は、多彩な日本の食文化に影響を与えてきました。それは現在にも伝承されてきた日本の味の原点で ... 続きを読む

木の文化・吉野つれづれ – 6.歴史 –

神話の中の植林 林業の神様は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟・須佐之男命(すさのおのみこと)といわれます。その長男は五十猛命(いそたけるのみこと)で植林の神様、長女は大屋津姫命(おおやつひめのみこと)は大工の神様、次女の柧津姫命(つまつひめのみこと)は樵(きこり)の神様とされています。 須佐之男命が子どもたちを連れて下界へ下った時、神様たちが住む高天原(たかまがはら)から持ってきた樹木の ... 続きを読む

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