photo:ミゾグチ ジュン

▼イマヲイキル
自然薯 辻 泰成

COLUMN
愛知県・豊田
自然薯のカタチ

尾張の歴史に根付く、幻の山菜- 自然生 -

「自然生(じねんじょう)」をご存じだろうか?

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自然生は日本原産の山芋の一種で、主に愛知、岐阜などの東海地方で古くから食べられてきた伝統的な食物である。歴史の文献には尾張の武将であった織田信長始め、豊臣秀吉、徳川家康に進上されたと伝えられている。
また、江戸時代の本草学者「貝原益軒」は、著書「大和本草」で「山より出るを自然生と云う、味最も良し 腎を補い脾胃を益す、虚人久しく服すべし」(山から掘り出される芋を自然生と言い、一番味が良く、腎臓機能を補い、脾臓、胃の調子を整える。病弱な人は長期的に食するように)と記している。

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鼻水をすする時期になると寒空の下、幼少時に父親と共に出掛けた自然生掘りを思い出す。
霜が降りて蔓(つる)が切れ掘る場所を見失わないように、秋口に自然生が生えている場所に目印の代わりに麦をまく。蔓が切れる1月~2月に自然薯は熟成し、旬を迎えるのだ。
極寒の中、汗をかく程の重労働。折らないように傷をつけないように外堀から少しずつ土を削り、地中深く掘り進める。木の根っこやら石ころが進路を妨げる。慎重にゆっくりと、時には指で土をほじりながら、全貌を明らかにしてゆく。その過程は希少な化石を追い求める考古学者の気持ちと似ているかもしれない。途中で折れてしまった時の喪失感は、魚を釣り上げる寸前で逃した時の気分に似ている。それゆえ、折らずに大物を掘りだした時の達成感はサツマイモの比ではない。
達成感も相まって、夕飯にすり鉢を囲んで食べるとろろ御飯は格別で、今も記憶に鮮明に残っている。味、粘りは言うまでもなく、すりおろす時に立ち上る独特の土臭い香りは自然生特有のもので、猫がマタタビにうっとりするように、好きな人にはたまらない香りだ。
故に愛知県や岐阜県の一部では1月2日に一年の健康を祈願して家族で自然生を食べるという風習があるのは納得がゆく。

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東海地区以外にも自然生を食べる地域もあるが、北海道、東北では長芋、関東圏はヤマト芋、関西圏は伊勢芋やつくね芋、ヤマト芋などが主流である。特に京都や大阪の料亭では、擦るとアクで変色する自然薯を料理に使うことを嫌う傾向がある。商談に出掛けても関西の料亭では門前払いだ。関東の百貨店で自然生を販売した時にお客様に「大きなゴボウね!」と言われた。
自然生とは改めて東海地区で歴史的、文化的に根付いた食材であると実感した。おそらくお金に糸目もつけず、自然生を「オトナ買い」する人が多く存在するのもおそらくこの地域だけだろう。

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知名度もあり、ポテンシャルも高いのに思ったほど売れないタレントが、プロデューサーの工夫によって一躍有名になることがあるように、自然生を工夫してさまざまなカタチで世の中にアプローチし、地域の歴史的、文化的な背景をこえて広がってゆくことが私の願いである。

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2012.3.31 執筆
文_辻 泰成(とろろ庵)

希少な自然薯(じねんじょ)や、自然薯豆腐を始めとする様々な自然薯加工品を手掛ける愛知県豊田市香嵐渓のとろろ庵豆腐工房

有限会社とろろ庵
豆腐工房

http://www.tororoan.jp/

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